北方戦争(読み)ほっぽうせんそう(英語表記)Northern War

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北方戦争
ほっぽうせんそう
Northern War

1700~21年バルト海の支配権をめぐるロシアスウェーデンとの戦争。デンマーク=ノルウェー,ポーランドザクセンがロシア側につき,14年からはプロシアハノーバーもロシア側に参加。 1700年 11月ナルバの戦いでスウェーデン軍に敗北したピョートル1世 (大帝) は,翌年にはノーテブルグの要塞を奪い,03年にはネバ河口にペテルブルグを建設,バルト海への根拠地とした。カルル 12世に率いられたスウェーデン軍は 08年ロシアに味方したザクセンとポーランドを破り,モスクワへ進出しようとしたが,ピョートル1世指揮下のロシア軍の反撃にあって南下。カルル 12世はウクライナ・コサックの頭目 I.マゼーパと結んで再びロシアを攻撃しようとしたが,09年7月ポルタバの戦いで決定的な敗北をこうむった。 10年ロシア軍はリガ,レーベリ (タリン) ,ブイボルグなどを占領,14年にはスウェーデンの艦隊を破ってバルト海の制海権を奪取した。 20年ロシア軍がストックホルムに進撃しようとしたので,スウェーデン側は講和のやむなきにいたり,21年9月 10日ニスタットの和約が締結された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

ほっぽう‐せんそう〔ホクパウセンサウ〕【北方戦争】

1700~1721年、バルト海の支配権をめぐって、デンマーク・プロイセンなどと結んだロシアとスウェーデンとの間で行われた戦争。当初はスウェーデンが優勢であったが、ポルタバの戦いを転機にピョートル大帝のロシアが勝利をおさめ、1721年のニスタット条約でバルト海東岸を獲得、強国の地位を得た。大北方戦争

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

北方戦争【ほっぽうせんそう】

1700年―1721年にわたり,バルト海域の覇権をめぐって行われたスウェーデンとロシアとの戦争。ポーランド,デンマークがロシアに荷担。1704年スウェーデンはナルバの戦でロシア軍に大勝。敗れたロシアはピョートル1世の下で国内体制をたて直し,1709年ポルタワの戦で大勝し戦局を逆転。1721年ニスタット条約を結んだ。この結果ロシアはバルト海に進出,国際的地位が高まった。
→関連項目アウグスト[2世]エストニアカール[12世]スウェーデンデンマークピョートル[1世]マゼパラトビアロシア

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ほっぽうせんそう【北方戦争 Severnaya voina】

1700‐21年に起きたスウェーデンとロシア,ポーランド,デンマークなどとの戦争。17世紀末のスウェーデンは,〈バルト海帝国〉と呼ばれる未曾有の政治的版図を形成し,バルト海貿易を独占する北東ヨーロッパの強国であった。これに対して領土の奪還をねらうロシア,デンマーク,ザクセンとの間に,1699年北方同盟が結ばれた。とくにロシアのピョートル1世は,バルト海への出口を求めて,1700年スウェーデンに宣戦したが,11月にはフィンランド湾の要塞ナルバで敗北を喫した(ナルバの会戦)。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

ほっぽうせんそう【北方戦争】

1700~21年バルト海支配をめぐりスウェーデンとロシア・ポーランド・デンマークなどが行なった戦争。はじめスウェーデンが優勢だったが、1709年のポルタバでの戦いにピョートル一世が大勝。優位に立ったロシアはバルト海沿岸に進出しペテルブルクを建設した。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

精選版 日本国語大辞典の解説

ほっぽう‐せんそう ホクハウセンサウ【北方戦争】

一七〇〇~二一年のバルト海をめぐるロシアのピョートル一世とスウェーデンのカール一二世の戦争。ポーランド・デンマークがロシア側につく。カールはデンマークを征服した後ポーランドに侵入したが、ポルタバの戦で敗れ戦争はロシアの勝利に終わる。二一年のニスタット条約で、ロシアはバルト海東岸の地を得、海への出口を確保した。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

天泣

上空に雲がないにもかかわらず,雨が降る現象。風上にある雲からの雨であったり,雨が降ってくる間に雲が移動したり消えたりする場合などに起こる。天気雨,狐の嫁入りともいう。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

北方戦争の関連情報