狩浜浦(読み)かりはまうら

日本歴史地名大系 「狩浜浦」の解説

狩浜浦
かりはまうら

[現在地名]明浜町狩浜

宇和海に臨み、東は渡江(とのえ)浦、西は高山(たかやま)浦に接する。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の宇和郡の項に「狩浜浦 茅山有」とある。明暦三年(一六五七)以降吉田藩領。承応元年(一六五二)の戸数八二、人口三一〇人、水主三〇人(郡鑑)。「西海巡見志」に「湊有、東風悪し、百石以上の船四十艘懸」、家数五五軒、舟数二九艘、うち八艘は三〇石積、二一艘は漁船、加子数一三〇人、うち三〇人は役加子と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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