猿河谷村(読み)さるこだにむら

日本歴史地名大系 「猿河谷村」の解説

猿河谷村
さるこだにむら

[現在地名]美里町たに

村の北側に続く山中の広い村で、村の東北隅から南西に流れる川が、田村貴志きし川に流入する。この谷川沿いに桂畑かつらはた西谷にしたに丸山まるやま中組なかぐみ上組かみぐみの五つの小名に分れて集落が散在する。室町時代の年不詳の諸供領臈次番付書(又続宝簡集)に「百四十臈 猿河庄内猿川谷三十歩 平左衛門入道円性寄進」とあり、天正二〇年(一五九二)一二月一四日の猿川庄収納支配日記(同集)には「六拾五石五升八合三勺 猿川谷一村之分」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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