猿稲町(読み)さるいねまち

日本歴史地名大系 「猿稲町」の解説

猿稲町
さるいねまち

[現在地名]大多喜町猿稲

田(た)町の南、大多喜往還に沿う両側町。城下七町の一。大多喜城大手門に通じる追手口がある。慶安二年(一六四九)の大田喜根小屋地詰帳(小高家文書)に猿稲町とみえ、田畑屋敷反別一四町六反余。元禄郷帳では高四三〇石余。元禄一五年(一七〇二)の猿稲町差出帳(西尾家文書)によれば高五七二石余、田二三町五反余・畑二八町九反余。町の範囲は東西一〇町二間・南北八町四六間で、町内は四人の辻番が順番で夜番をしていた。農間に男は薪取や商売、女は夏にはそうめん作りや木綿稼をした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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