玉手町(読み)たまでちよう

日本歴史地名大系 「玉手町」の解説

玉手町
たまでちよう

[現在地名]西区南堀江みなみほりえ四丁目

桑名くわな町の西にあり、南北に延びる通りの両側町新玉造しんたまつくり八町の一町で、北新きたしん町と称したが、延宝年間(一六七三―八一)玉手町となる(初発言上候帳面写)。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)の三郷水帳寄帳では屋敷数二〇・役数二五役で、うち年寄分一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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