琉球漂流民殺害事件

山川 日本史小辞典 改訂新版 「琉球漂流民殺害事件」の解説

琉球漂流民殺害事件
りゅうきゅうひょうりゅうみんさつがいじけん

明治初年,琉球の漂流民が台湾で殺害された事件宮古島から首里王府への貢納船が,その帰途1871年11月(明治4年10月)嵐のため遭難し,66人が台湾東南岸に漂着,うち54人が現地住民に殺害された。琉球を属領とする日本政府は清国と交渉したが,清国政府は台湾を「化外(けがい)の地」としたので,74年これを理由台湾出兵を行った。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

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