瑞相寺跡(読み)ずいしようじあと

日本歴史地名大系 「瑞相寺跡」の解説

瑞相寺跡
ずいしようじあと

[現在地名]楠町大字奥万倉 正楽寺

奥万倉の正楽寺おくまぐらのしようらくじの山すそにあった法華宗寺院で、花光山と号し、本尊は三宝尊。本寺は京都本法ほんぽう(現京都市上京区)であった。

「注進案」によれば開基は日禅で、周防国大島郡屋代やしろ(現大島郡)の瑞相寺を宝永七年(一七一〇)当地へ引寺し、給領主国司舎人の妻花光尼の助力により一寺を建立したのに始まる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 廃寺

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む