瓜田村(読み)うりだむら

日本歴史地名大系 「瓜田村」の解説

瓜田村
うりだむら

[現在地名]丹生川村瓜田

北方は十二じゆうにヶ岳を主峰とする高原地で折敷地おしきじ村に続き、西は法力ほうりき村、南は西流する小八賀こはちが川に沿って平湯ひらゆ街道が東西に走る。枝村は中畑なかはた蕨野わらびの(斐太後風土記)。天正一五年(一五八七)一二月一三日の金森素玄知行分状(池上文書)に「小八賀うり田村」七三石余がみえる。慶長一〇年(一六〇五)飛騨国郷帳に「瓜田」とみえ、桐山きりやま村とともに高付される。同一八年郷帳では瓜田村として七三石余。元禄検地反歩帳の高七三石余、田三町三反余・畑七町余。「飛騨国中案内」によれば免は四割一毛余、家数二一(すべて百姓)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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