…元豊の改正が画院にいかなる変革を与えたかは明らかでない。徽宗の崇寧3年(1104),算学書画学が建てられ,米芾(べいふつ)が書画学博士となった。1106年書画算医学が廃止され,書画学のみ国子監に付して博士1人がおかれ,07年(大観1)には定員を30人とし,両斎に分けて士流と雑流とを区別し,10年には,書学生を翰林書芸局に,画学生を翰林図画局に入れて,学官・人吏を省いた。…
※「画学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...