白神五丁目(読み)しらかみごちようめ

日本歴史地名大系 「白神五丁目」の解説

白神五丁目
しらかみごちようめ

[現在地名]中区大手おおて町三丁目

白神四丁目の南にあり、東は尾道おのみち町、西は元安もとやす川。白神組に属した。元和五年広島城下絵図に町間数一町四間とあり、寛永二年広島町数家数改め(済美録)には「白神五丁目」として本家三九軒・借家六一軒とある。「知新集」には町間数二丁二歩八厘八毛、町門一、竈数一五一(本竈二七・借竈一二四)、人数五四三(男二七六・女二六七)、うち大工一五人、指物師・傘張各二人、桶屋・柿葺・取葺・釣灯張・石工・仕立物師・紺屋各一人、同手間五人の職人が含まれ、矢師職の吉右衛門・同嘉右衛門の両家は代代扶持をもらっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 尾道

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む