白銀町・新銀屋町(読み)しろがねまち・しんぎんやまち

日本歴史地名大系 「白銀町・新銀屋町」の解説

白銀町・新銀屋町
しろがねまち・しんぎんやまち

銀屋町の東手の晧台(こうたい)寺門前(寺町)に新白銀(しんしろがね)町(新銀屋町)として成立したとされる。寛永長崎港図に「新銀屋町」とみえる。寛永一九年(一六四二)の平戸町人別生所糺によれば、平戸(ひらど)町の大坂屋弥右衛門尉の奉公人の三蔵の父は美作生れで、慶長一八年(一六一三)「長崎白銀町」に来てキリシタンになるが、寛永六年から同九年まで長崎奉行であった竹中采女正のときに今魚(いまうお)町で転び、三宝(さんぽう)寺を檀那寺とし、馬(うま)町に居住したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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