皿尾城跡(読み)さらおじようあと

日本歴史地名大系 「皿尾城跡」の解説

皿尾城跡
さらおじようあと

[現在地名]行田市皿尾

おし川左岸の自然堤防上に立地し、遺構内には久伊豆大雷ひさいずだいらい神社合殿が鎮座する。永禄四年(一五六一)春、おし城の成田長泰が上杉政虎(謙信)に背いたため、政虎が羽生はにゆう城将木戸玄斎(忠朝の誤りか)に命じて、向城として築城させたものとされている(「成田系図」龍淵寺蔵)。忍城とは至近の場所にあるためにしばしば小競合いがあったとみられ、河田谷(木戸)忠朝は成田長泰との合戦に勝利を得たことを、政虎家臣林平右衛門尉に伝えている(六月二日「河田谷忠朝書状」上杉家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 ひさい 謙信 羽生

3月から 5月頃に発生する雷。寒冷前線の通過時に発生する界雷で,この雷雨はよくひょう(雹)を伴う。春の到来を伝える雷ともいわれる。雷鳴に驚き冬眠していた地中の虫たちが目ざめるという理由で「虫出しの雷」...

春雷の用語解説を読む