盛照村(読み)せいしようむら

日本歴史地名大系 「盛照村」の解説

盛照村
せいしようむら

[現在地名]木造町三ッ館みったて

東は三ッ館村、南は大館おおだて(現森田村)、西は田圃を隔てて広岡ひろおか村。

享保一二年(一七二七)木造新田に属し、山通三六ヵ村の一つで村位は下とある(平山日記)。元文元年(一七三六)検地帳によれば、田畑屋敷合せて一四町三反三畝二一歩、村高六五・一一四石とある。うち田方は一一町七反五畝二一歩で六〇・〇五五石、上田下々田のみで下々田が一一町五反四畝一六歩、五七・七二七石とあり、畑方は二町五反八畝歩で五・〇五九石、下畑と下々畑だけで下畑が一町九反三畝一二歩、一・九三六石とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新しい環境に適応できず,焦り,ストレスを感じ,気持ちが落ち込むうつ状態。医学用語ではなく通称。もとは大学新入生が5月の連休明け頃から急激に無気力,無関心になることから名づけられたが,時期は5月にかぎら...

五月病の用語解説を読む