真照寺(読み)しんしようじ

日本歴史地名大系 「真照寺」の解説

真照寺
しんしようじ

[現在地名]長岡市千手三丁目

真宗大谷派、会水山と号し、本尊阿弥陀如来。寺伝によると、戦国期の武人山岸真照の開基。真照は初め妙見の会水みようけんのあいみず城におり、永正―天文(一五〇四―五五)の頃上杉謙信に従って軍功があった。のち蒲原かんばら反田そりだ(現見附市)に一庵を結び、法名を恵覚と改めた。その子真明は本願寺顕如に帰依し、法名を覚浄と改め、父の縁により真照を公称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の真照寺の言及

【誠照寺】より

…大町の如道の弟子道性(証誠寺開祖)の子といわれる鯖江の如覚が開祖。寺伝では,親鸞が留錫した車道場で帰依した上野庄の領主波多野景行が空然と号して開祖し,親鸞の子道性(益方入道),その子如覚と相承され,1305年(嘉元3)後二条天皇から〈真照寺〉と寺号を下賜されたという。1433年(永享5)の町屋敷寄進状,35年の野畠寄進状(同寺蔵)には真照寺の名でみえ,39年の寺屋敷並寺領施行状に誠照寺とあるから,このころ改号したと思われる。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」