知名瀬村(読み)きなじよむら

日本歴史地名大系 「知名瀬村」の解説

知名瀬村
きなじよむら

[現在地名]名瀬市知名瀬ちなせ

小宿こしく村の南西に位置し、集落は海に臨む。知名瀬ちなせ川が北流する。「南島雑話」によれば、当村から湯湾釜ゆわんがま(現大和村)へ越える坂は難所であるという。名瀬間切名瀬方のうちで、キナジョまたはキナゾともいう。正徳二年(一七一二)から元文三年(一七三八)まで龍郷たじご方の田畑佐文仁が行った新田開発四九四町余のうちに当村が含まれている(奄美大島史)。「三州御治世要覧」に「知名瀬村」とある。「大島私考」には名瀬方一二ヵ村のうちとして知名瀬村とみえ、高二六六石余、うち享保内検後の開地は六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む