祝吉第一遺跡・祝吉第二遺跡(読み)いわよしだいいちいせき・いわよしだいにいせき

日本歴史地名大系 の解説

祝吉第一遺跡・祝吉第二遺跡
いわよしだいいちいせき・いわよしだいにいせき

[現在地名]都城市祝吉町 祝吉

大淀川支流沖水おきみず川南岸の、標高一五〇メートルの河岸段丘上にある。昭和五五年(一九八〇)以来、継続して発掘調査が行われた。西端に位置する第一遺跡では弥生時代終末の竪穴住居跡七軒(突出部をもつ日向型間仕切り住居四、方形三)が、第二遺跡では弥生時代終末から古墳時代初頭の竪穴住居跡一二軒(うち日向型間仕切り住居八)が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む