祝田御厨(読み)ほうだのみくりや

日本歴史地名大系 「祝田御厨」の解説

祝田御厨
ほうだのみくりや

現細江町中川(なかがわ)のうち東部一帯に比定される伊勢神宮領。成立年代は不明だが、「神鳳鈔」によれば、「祝田御厨」は伊勢神宮内宮の封戸として定められ、その規模は五十余町であったという。弘安年間(一二七八―八八)と推定される五月一一日には当御厨内の「宗松・是□名」に関する済政僧都の訴訟を延暦寺西塔仁恵が朝廷に取次いでいる(「某挙状」勘仲記弘安七年七月・八月巻紙背文書)。延元四年(一三三九)一〇月日の「給人引付諸神領注文」にも伊勢神宮領として当御厨の名がみえるが、これは外宮領を書上げたもので、当御厨はいつの時期からか内宮から外宮の所領に変わったようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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