社会に生じる利害の衝突を公正に処理するために,裁判所が,対立する利害関係者を当事者として審理に関与させ,双方に対し,その言い分を述べ,証拠を出す機会を平等に与えて主張・立証を尽くさせ,これらを公正に判断して判決を下す手続をいう。しかも,近代国家においては,その判断の基準も手続の進め方も法律によって規律されているものである。裁判と同義に用いられることが多い(裁判)。
現在は,訴訟といわれるものには,民事訴訟,刑事訴訟,行政訴訟の3種類がある。
民事訴訟は,私人間の法的紛争を取り扱う。私人間の紛争については,国は,どちらの当事者が勝つかについて直接関心をもつわけではないから,裁判所も純粋に第三者の立場にあるといえるし,他方,当事者双方も,市民社会においては,対等な立場にあるといえるから,このような私人間の争いの解決のためには,紛争当事者の双方が対等な立場で争ったところを公正中立の第三者が裁断するという訴訟形式をとることがもっともふさわしいと考えられる。実際にも,民事訴訟は,古くから訴訟としての形を整え,訴訟の典型であると考えられてきた。
これに対して,刑事訴訟は,国家が特定人の犯罪事実を認定し,これに刑罰を加えるかどうか,どの程度の刑罰を加えるかを確定するための手続である。刑罰権の行使は,国家が市民に対して権力を行使しこれに市民を服従させる関係であるから,国が一方的に犯罪の有無を認定し,これに刑罰を科す方式をとることも,論理上不可能ではない。現に,かつての糾(糺)問手続は,このような方式をとっていたのである。しかし,近代国家においては,人権尊重の立場から,何が犯罪となるかをあらかじめ法律で定めておき(罪刑法定主義),そのような犯罪が行われたかどうかを判断する手続として民事訴訟と同じような訴訟手続を用いるようになったものである。すなわち,判断機関としての裁判所を刑罰権を行使する機関(訴追機関。〈検察制度〉の項を参照)から,分離・独立させる一方,被告人と訴追機関とを当事者として対等に審理に関与させ,両当事者の言い分を,中立的な立場から裁判所が判決するという民事訴訟に類似した訴訟構造(当事者主義的訴訟構造)がとられるようになったものである(当事者主義)。
行政訴訟も,法治国家体制の成立に伴い,行政機関の違法な処分によって利益を侵害された市民がその是正を求める方法として認められるようになったものである。そのような違法な処分を是正する方式としては,行政権内部に通常の行政機関から若干独立した行政機関を設け,これに行政内部の自制作用の一つとして,是正を求める申立てについて裁決させる方式をとることも可能である。旧憲法時代の行政裁判所は,まさにそのような行政機関の一種にすぎなかった(〈行政裁判〉の項参照)。しかし,第2次大戦後の新憲法の下では,市民の権利救済の道を十分に保障するため,市民と行政機関とを対立当事者として対等に審理に関与させ,双方の言い分を,本来の(司法)裁判所が判決するという民事訴訟と同じ構造をとることになったものである。
なお,現在でも,たとえば,労働委員会における不当労働行為の審査手続(労働組合法27条)や,公正取引委員会の審判手続(独占禁止法49条以下)などは,それぞれの行政委員会がその専門的立場から,ある程度訴訟に類似した手続構造をとって裁断を下すが,あくまでも行政機関による手続である点で訴訟とは区別される(行政審判)。
訴訟は一方の当事者(原告,刑事訴訟では検察官)の判決を求める申立て(民事訴訟,行政訴訟では訴え,刑事訴訟では公訴)があってはじめて開始される。判断者である裁判所が自分から事件を探して取り上げるようなことはしない。〈訴えなければ裁判なし〉といわれるゆえんである。民事訴訟では,さらに,申立ての範囲を超えて裁判することも許されないとされている(民事訴訟法246条)。刑事訴訟を提起するかどうかは,もっぱら検察官の判断にゆだねられているが,市民間の紛争,行政機関との紛争については,それが法律的に当否の判断ができる具体的な紛争(法律上の争訟)に関するものである限り,われわれ市民はだれでも,民事訴訟,行政訴訟を提起し,裁判所の判決を求めることが原則としてでき,そのこと自体,憲法で保障されている(裁判を受ける権利)。もっとも,実際には,〈訴えの利益〉がなければ,申立ての当否の裁判を受けられず門前払いとなるとされ,どういう場合に訴えの利益があるかの論議が民事訴訟法学,行政訴訟法学の基本問題となっている。
訴え・公訴の提起があると,裁判所は期日を定めて,当事者(訴訟当事者)を法廷に呼び出し,裁判所の指揮の下に双方の当事者にその言い分を十分に述べさせ,それぞれの言い分を裏づけるために提出された証拠を調べる。このような期日を口頭弁論期日(刑事訴訟では公判期日)という。この期日において行われる当事者や裁判所の行為は,公開の法廷で,口頭で行うのが原則とされている(公開主義,書面主義,弁論主義)。
このような審理を経て裁判所は,申立人の主張を認めるか認めないかの最終的な判断を下す。その判断は判決と呼ばれる裁判の形式で下される。この判決(終局判決)に対して,不服のある当事者は,一定の期間内に上級裁判所に控訴・上告という不服を申し立てることができるのが原則である。控訴や上告をしない場合や,上告審の判決が言い渡されると,判決は確定し,当事者も裁判所もこれを無視することができなくなり,当事者は,その判決内容に沿って,権利の実現を求めたり,刑罰の執行をすることになる。しかし,手続に一定の重大な瑕疵(かし)があったことがあとから判明したときは,再審の訴えまたは申立てをすることによってすでに確定した判決の取消しを求めることが例外的に認められている。
訴訟は,このように訴え(公訴)の提起に始まり,判決に向けて関係人が種々の行為を積み重ねていく手続現象といえるが,その間,対立抗争する主体は,当事者として,始めから最後まで,手続に関与する機会を保障される。期日の通知を受け,期日に出席して公開の法廷で弁論をする機会を保障され,終局判決には上訴の機会を,確定判決には再審の機会を与えられるなど,手続はすべて法律に従って進められ,かつ,法律を基準にした裁判を受けられるという保障を与えられている。このような,当事者について手続上払われる配慮を手続保障といい,そのような保障を受ける当事者の地位をとくに当事者権と称し,憲法で保障された〈裁判を受ける権利〉の重要な一部をなすものであるとされている。
上述したように,刑事訴訟においては,人権尊重の趣旨から当事者主義的訴訟構造をとることが要請されている以上,刑罰権を確定するには,刑事訴訟法によって規律されている刑事訴訟によらなければならない。しかし,民事訴訟が取り扱う私人間の紛争は,元来当事者たる私人が自由に処分することができる権利や利益についてであるから,当事者間で自主的に話合いをし和解ができれば,それにこしたことはない。国家としても,そうした話合いが行われることを促進するように,調停や仲裁の手続に特別の関心を払っている。すなわち,調停については,民事調停,家事調停の制度を設けて当事者の合意によって紛争解決を促進することにしているし,仲裁についても,紛争について下された仲裁人の判断には,確定判決と同様の効力を与えることとしている。しかし,調停の場合は,最終的に当事者が合意しないかぎり紛争の解決には至らないし,仲裁の場合にはそもそも仲裁手続によって紛争を解決しようという合意が当事者間にないかぎり,この手続を利用することができない。したがって,いずれも,当事者が自主的に紛争を解決しようとしない限り,これらの手続だけでは紛争の解決には至らない。これらに対し,民事訴訟は,一方当事者の意思で手続を始められるし,応訴を拒む当事者の意見にかかわりなく手続は進行し,不利な判決も出され,これに拘束される結果にもなる。その意味で,民事訴訟は,紛争解決手続としては,いわば強制的な手段であり,紛争当事者が最後には頼らなければならない最終的な手段であるといえる。
しかし,民事訴訟は,法律に従って判断されるのでその解決は一刀両断的に勝負を決める結果にならざるをえず,調停のように多面的視角から双方の利害を微妙に調節した解決を図るには不向きであり,したがって,いわゆる〈隣人訴訟〉にみられるように,紛争によっては,民事訴訟による解決策をとることがかえって当事者間の溝を深める結果に終わることも,訴訟の限界として考えられるところである。
家庭に関する事件については,家庭裁判所に,調停(家事調停)手続を設けて,家庭紛争は,まずここでの調停手続にかけ,それからでなければ訴えを提起できないとする(調停前置主義)ほか,家事審判手続が用意されている。これは,家庭内のプライバシーを尊重し,非公開で,当事者の言い分をインフォーマルな形で聞き,決定という,より簡易な裁判の形式で,適切な措置を迅速に講じることを目ざした手続である。また,裁判所の仕事には,訴訟を処理することのほかに,さらに非訟事件の裁判がある。私人間の生活関係の処理に国家が介入する場合の一つの方法であり,昔から裁判所の仕事とされてきたものである。たとえば,法人の事務や清算の監督をしたりして紛争を予防したり,後見人,財産管理人,遺言執行者を選任したり,当事者の協議がととのわない場合の処理として親権者の指定や遺産分割などの処理をするものである。家事審判も,非訟事件の裁判も,いずれも,裁判という方式で事件を処理する点で訴訟と類似するが,非公開の手続であったり,当事者双方対席のうえで弁論が行われる(対審構造)という保障がなく,また控訴・上告という上訴も認められないのが原則である。その意味でこれらの裁判は,民事訴訟における手続保障のある部分を欠いた手続であり,当事者のほうからいうと,ある事件について,非訟事件,審判事件として処理されるか,訴訟事件として処理されるかは,手続保障の観点から重大な関心をもたざるをえないものとなっており,事件の性質上このような特殊・簡易な手続が本当に有効適切なものであるかどうかを吟味する作業が,民事訴訟法学の基本問題の一つとなっている。
執筆者:新堂 幸司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
社会生活上、発生した紛争や利害の対立を、国家権力によって法律的に解決調整するために、対立する利害関係人を訴訟当事者として、その主張を聞き、審理裁判する手続を一般的に訴訟という。法は本質的に強制の契機を含んでいるが、この強制を法規範的な力として、法の実効性を担保する制度が訴訟である。訴訟は、われわれが法律生活を営むについて欠くことのできない制度であり、現代の法治国家においては、司法権の国家独占によって、国家がそれを司宰・営為している。しかし国家成立以前の古代社会にも、団体的統制の一型態として長老裁判のようなものがあった。これは訴訟制度の萌芽(ほうが)とみるべきものといわれている。
いずれにしろ訴訟制度は、国家機構の発達に伴って整備され、その内容を充実して、現在のような組織体系をもつに至ったものである。近代法治国家における訴訟は一般に要件事実を認定し、それに法律を適用して行われている。訴訟の内容と形式は、時代によって変遷している。しかし訴訟を締めくくるものはつねに裁判である。訴訟となるには、まず裁判により解決せられるべき事件がある。そして裁判する者と裁判される者とが対立し、裁判する者が権威を背景として、その事件に対する法的判断を与えるのである。それが裁判であって、その裁判に至るまでの過程が訴訟である。
つまり、訴訟は、それに関与する判断機関と両当事者の段階的な訴訟行為の連続によって、裁判に至るまで進行する手続の形式をとっている。その手続が法によって規律されているから法律的手続であり、訴訟法は、主としてそのための法規である。
現在、すべての訴訟は、民事訴訟ばかりでなく刑事訴訟も行政訴訟も、形式的には原告と被告との対立する二当事者主義の構造をとっている。しかしローマ法にさかのぼる二当事者主義訴訟が本来の姿で行われているのは、民事訴訟と私人訴追主義による刑事訴訟とに限られ、日本やドイツにおけるような国家訴追主義による刑事訴訟には糾問主義が、また行政訴訟には監督主義がその背景となっていて、二当事者主義の訴訟構造は、いわば借り衣装であるということができるであろう。
なお、民事訴訟は当事者の私法上の権利保護を第一義的目的として、その主体性を当事者に置く制度として発達し、刑事訴訟は法秩序維持のため犯罪に対し刑罰を科することを目的として、国家に主体性のある制度となっている。行政訴訟は近代法治国家機構のもとに発生・発達した比較的新しい制度であって、当事者の権利保護という点では民事訴訟と同じであるが、その保護の対象は公法上の権利関係であって、本来の民事訴訟とは、その制度の目的や性格は異なっている。
[内田武吉]
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古代以来,近代における西欧法の継受に至るまでは,人々が地域の権威者ないし国家に対して,他人との争いの解決を願いでたり,なんらかの施し物を嘆願することを意味した。西欧法の継受以後は,紛争などを解決するための手続きという意味の法律用語procedureの訳語として定着した。私人間の紛争解決手続きとしての民事訴訟,犯罪を認定し犯人に刑罰を科する手続きとしての刑事訴訟,私人が公権力の行政の適法性などを争う手続きとしての行政訴訟などがある。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…江戸時代,出入師・公事買などとも呼ばれた非合法の訴訟代理業者。訴訟当事者の依頼を受けて訴訟技術を教示し,書面の代書を行い,内済(ないさい)(和解)の斡旋をするほか,当事者の親族・奉公人あるいは町村役人などを偽称して出廷し,訴訟行為の代理ないし補佐を行って礼金を得,また古い借金証文や売掛帳面などを買い取り,相手方が訴訟による失費や手間をいとい内済すると見通して出訴するなど,裁判・訴訟に関する知識や技術を利用したさまざまな行為を稼業とした。…
…したがって,かつての軍法会議のように,国民の特定の一部や特定の事件を特別の機関が裁くということは認められない。すべての国民には,国家とその機関に対する苦情を含めて,すべての法的争訟を正規の裁判所に訴え,原則として公開の裁判を受ける権利が保障され(〈裁判を受ける権利〉〈訴訟〉の項参照),高度の専門的訓練を受けた弁護士の助力を受けることができる(刑事事件では被告人は国費で弁護士を依頼する権利をも与えられている。国選弁護)。…
…争いの当事者双方が,争いの解決を第三者にゆだね,それに基づいてなされた第三者の判断が当事者を拘束することにより紛争の解決に至る制度。仲裁は当事者の合意により紛争が解決される調停,当事者の一方の申立てに基づき,国内のまたは国際的な裁判所が強制的に紛争を解決する訴訟とは異なる(国際法上の仲裁裁判については〈国際裁判〉の項参照)。
[民事上の仲裁]
民事上の仲裁には,〈公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律〉の定めるもののほか,制定法上のものとして公害紛争処理法(1970公布)および建設業法(1949公布)によるものがあるが,ここでは前者のみ説明する。…
…しかし公家法では,検非違使庁(けびいしちよう)で法の解釈・運用に当たった明法(みようぼう)家によって贖銅法が多用されるようになったほか,本所法・武家法において財産とくに所領(しよりよう)没収の刑が広く行われるようになり,ここに没収刑は追放刑と並んで,中世の刑罰体系の中心に位置づけられたのであった。 第3に私権保護のための訴訟法の発達がある。王朝・幕府の分立,統治権の部分的委譲を得た多数の本所の存在,このような権力状況と対応して,公家法・幕府法・本所法が並存し,それぞれ固有の法圏をもち,法廷を用意したことが,競合と相互刺激による訴訟法の発達を促したことは否むべくもないけれども,やはりその根底には私権保護,むしろ私権の所有者がみずから私権を護るという私権防衛の思想があったことを重視しなければならない。…
…庭の意から転じて法廷,さらに特定の手続または内容の訴訟をいう。鎌倉末・南北朝期,朝廷の記録所や院の文殿(ふどの)に庭中と呼ぶ訴訟手続があり,暦応雑訴法の規定では,手続の過誤の救済を求めるものと思われる。…
※「訴訟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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