神居村(読み)かむいむら

日本歴史地名大系 「神居村」の解説

神居村
かむいむら

[現在地名]旭川市神居一条(かむいいちじよう)一―二一丁目・神居二条(かむいにじよう)一―二一丁目・神居三条(かむいさんじよう)一―二一丁目・神居四条(かむいよじよう)二―二一丁目・神居五条(かむいごじよう)一―二一丁目・神居六条(かむいろくじよう)一―一九丁目・神居七条(かむいななじよう)一―一八丁目・神居八条(かむいはちじよう)一―一七丁目・神居九条(かむいくじよう)一―一〇丁目・神居町忠和(かむいちようちゆうわ)・神居町台場(かむいちようだいば)・神居町富岡(かむいちようとみおか)・神居町神岡(かむいちようかみおか)・神居町富沢(かむいちようとみさわ)・神居町共栄(かむいちようきようえい)・神居町雨紛(かむいちよううぶん)・神居町上雨紛(かむいちようかみうぶん)・神居町神華(かむいちようしんか)・神居町御料(かむいちようごりよう)・神居町春志内(かむいちようはるしない)・神居町神居古潭(かむいちようかむいこたん)・神居町西丘(かむいちようにしおか)・神居町豊里(かむいちようとよさと)・忠和一条(ちゆうわいちじよう)四―五丁目・忠和二条(ちゆうわにじよう)三―六丁目・忠和三条(ちゆうわさんじよう)一丁目・同三―八丁目・忠和四条(ちゆうわよじよう)一―八丁目・忠和五条(ちゆうわごじよう)一―八丁目・忠和六条(ちゆうわろくじよう)一―八丁目・忠和七条(ちゆうわななじよう)一―七丁目・忠和八条(ちゆうわはちじよう)三―六丁目・忠和九条(ちゆうわくじよう)四丁目・台場一条(だいばいちじよう)一丁目・同三―六丁目・台場二条(だいばにじよう)一―六丁目・台場三条(だいばさんじよう)一丁目・台場四条(だいばよじよう)一丁目・台場東(だいばひがし)一―四丁目・南が丘(みなみがおか)一―三丁目・高砂台(たかさごだい)一―八丁目など

明治二三年(一八九〇)から昭和三〇年(一九五五)まで存続した村。近世には「チユクベツ」、「ベツチウシ」、ナヱタヱベのほか、イヌブト、フシコヘツ、ハルシナイなどがあった(「丁巳日誌」再石狩日誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む