神森神社(読み)かんもりじんじや

日本歴史地名大系 「神森神社」の解説

神森神社
かんもりじんじや

[現在地名]福山市坪生町 松崎

かつての坪生つぼう庄の中心をなした盆地状の平野の北側丘陵上にある。社名「かんもり」は地名より出て、江戸時代には寒森とも記している(福山志料)。祭神神功皇后・武内宿禰坪生庄の開発領主の後裔と伝える坪生氏および支族陶山氏が、筑前香椎かしい宮の分霊を勧請したもので、棟札によれば天文六年(一五三七)、勧請者は陶山又次郎・坪生武高であった(福山志料)

坪生庄には鎌倉時代の末期に神原氏によって鎌倉鶴岡八幡宮から勧請された新中しんちゆう八幡社があったが、南北朝時代の仁井にい合戦ののち神社は破壊され、氏子も分裂したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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