福泊浦(読み)ふくどまりうら

日本歴史地名大系 「福泊浦」の解説

福泊浦
ふくどまりうら

[現在地名]上浦町最勝海浦にいなめうら 福泊

蒲戸かまど浦の西に位置し、同浦など三ヵ浦とともに浦と称する(豊後国志)。年未詳の毛利高直御墨付不所持分覚(温故知新録)に「福泊浦」とみえる。元禄郷帳・天保郷帳では上浦村に含まれたと思われ、元禄見稲簿に上浦村の内として福泊浦とみえ、無高。旧高旧領取調帳では高六二石余。文化七年(一八一〇)の家数一四・人数八九(温故知新録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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