稲子新田村(読み)いなごしんでんむら

日本歴史地名大系 「稲子新田村」の解説

稲子新田村
いなごしんでんむら

[現在地名]小海町大字稲子 芦平あしだいら

稲子村東南に接する小村で、東・南は海尻うみじり(現南牧村)地内の山に囲まれ、北は大月川によって松原村に対している。西側には八ヶ岳裾の山が間近に迫り、大月川との間の小盆地に耕地が開かれている。

寛永一三年(一六三六)駿府城主徳川忠長領で信州佐久郡子ノ年御改付御帳(文部省史料館蔵)に「高弐拾壱石八斗五升八合、取米七石四斗 いなこ村、外三石余、十弐年以前卯年御改あし平村」とある。正保四年(一六四七)松平憲良領、信濃国絵図高辻には、稲子村二一石余、同所新田一三石余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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