穆宗(読み)ぼくそう

精選版 日本国語大辞典 「穆宗」の意味・読み・例文・類語

ぼくそう【穆宗】

  1. 中国清朝第一〇代皇帝(在位一八六二‐七四)。同治帝。六歳で即位し、生母西太后と恭親王実権を握った。同治年間(一八六二‐七四)は太平天国捻軍回教徒の乱が平定され、対外的には和親策が進み、同治中興と称される一時的な安定期となった。(一八五六‐七四

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改訂新版 世界大百科事典 「穆宗」の意味・わかりやすい解説

穆宗 (ぼくそう)
Mù zōng

同治帝(どうちてい)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「穆宗」の意味・わかりやすい解説

穆宗[清]
ぼくそう[しん]

同治帝」のページをご覧ください。


穆宗[明]
ぼくそう[みん]

隆慶帝」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の穆宗の言及

【阿骨打】より

…阿骨打の父劾里鉢(世祖)は建国以前において最大の難敵であった桓赧,散達兄弟の勢力を倒して,完顔氏の優位を決定づけた。叔父盈歌(穆宗)のときには一段と勢力を拡大して,兄烏雅束(康宗)時代に東北地区東部のほとんどを支配下に入れた。1113年(北宋の政和3)に烏雅束のあとを継いだ阿骨打はこの実力を背景に遼に対して戦いの準備を進めたが,逃亡者阿踈の返還問題を理由として翌年ついに遼と戦端を開いて寧江州に攻めこんでこれを破った。…

【同治帝】より

…名は載淳(さいじゆん)。廟号は穆宗(ぼくそう)。父は咸豊帝,母は西太后である。…

※「穆宗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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