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恭親王

美術人名辞典の解説

恭親王

清代の皇族。名は奕訴。道光帝の第六子。北京条約の際清の代表となり、のち皇族中の筆頭者として政権を握った。清末乱世の収拾に当たり、隠退後も日清戦争など大事があれば西太后の顧問となった。光緒24年(明治31)歿、67才。

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百科事典マイペディアの解説

恭親王【きょうしんのう】

中国,清朝の皇族。道光帝の第6子,咸豊帝の弟。名は奕【きん】(えききん)。兄の即位後王に封ぜられる。帝を助け,太平天国アロー戦争を処理。排外から洋務に転ず。同治帝擁立の旧側近を東太后,西太后と計りクーデタで一掃。
→関連項目慶親王奕【きょう】醇親王奕【かん】総理衙門

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世界大百科事典内の恭親王の言及

【第2次アヘン戦争】より

…当時北京郊外の円明園にいた咸豊帝は熱河に逃れ,10月に連合軍は円明園に侵入し,破壊と略奪をほしいままにした。10月20日,欽差大臣恭親王はイギリス,フランスの最後通牒を受諾し,中英・中仏北京条約が結ばれた。北京条約は,58年の天津条約に基づいていたが,それに加え,賠償金をイギリス,フランスそれぞれ800万両(テール)に増額し,天津の開港,中国人の海外渡航許可,九竜地区をイギリスに割譲することなどが定められた。…

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