窪木村(読み)くぼきむら

日本歴史地名大系 「窪木村」の解説

窪木村
くぼきむら

[現在地名]総社市窪木

溝手みぞて村の東に位置する。寛永備中国絵図に「久保木」と記され高一千一四三石余、足守藩領。以後幕末まで同藩領。正保郷帳では窪木村と記す。延宝三年(一六七五)の万覚帳(小川文書)では高一千六四石余、家数七〇、人数四三六。当村の高に含まれるまつはな(現岡山市)がある。正徳四年(一七一四)の備中一国重宝記では窪木村が高五四八石余と高四八四石余とに分れ、庄屋も別となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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