立壁村(読み)たてかべむら

日本歴史地名大系 「立壁村」の解説

立壁村
たてかべむら

[現在地名]内浦町立壁

九里川尻くのりかわしり村の東、川尻湾の南側に立地する。北東端のじようヶ崎辺りの海岸は岩肌が切立ち、壁を立てたような景観をもつ。元禄一四年(一七〇一)の郷村名義抄(伊藤文書)には所の者はタチカベというとある。また「能登志徴」は村地先の高麗こうらい島をあげ、「三代実録」貞観元年(八五九)一月二二日条にみえる渤海国使の着岸地ではないかとしている。戦国後期頃の能登内浦村々給人注文写(諸橋文書)に「立壁」とみえ、久乃利氏の所領で、天正八年(一五八〇)一月一八日長連竜はその臣小林図書助に同六年以来の功を賞し「久乃利・たてかべ二万疋之分」を宛行っている(「長連竜書状」小林文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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