立間郷(読み)たちまごう

日本歴史地名大系 「立間郷」の解説

立間郷
たちまごう

「和名抄」高山寺本は「立門」、流布本は「立間」と記す。また高山寺本は「多知末」、流布本では「多知萬」、伊勢本は「多知万」と訓ずる。現北宇和郡吉田(よしだ)町立間を中心とする地域に比定される。中世郷としての立間郷もほぼ吉田町の地域に相当している。寛喜三年(一二三一)三月、宇和郡地頭橘公業の子乙王丸が、「伊予国宇和庄内小立間重貞名」などの地頭職を安堵されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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