竹三条跡(読み)たけさんじようあと

日本歴史地名大系 「竹三条跡」の解説

竹三条跡
たけさんじようあと

拾芥抄」に「押小路南、東洞院東、或云、二条(殿)云々」とある。これは、中宮大進平生昌の家ともいい、そうだとすれば、一条天皇の中宮定子(前関白藤原道隆の女)が、二度目(敦康親王出生)と三度目子内親王出生)の出産のために移った邸であり、三度目の出産の後、死去した邸でもある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む