仏心院
見徳治二年三月十九日綸旨、後依
勅号
清和院
、染殿第今清和院也北限正親町 南限土御門 東限京極 西限富小路、本尊延命地蔵菩薩一演僧正作、清和天皇御長奉
摸尊容也御長六尺二分、帝恭敬し給ふ所の仏舎利二粒を左右の御眼のひとみに入給ひ、腹心には宸筆法華経一部を納らる」と記し、御所内にあった清和院を継承したもので、初め
詣清和院地蔵堂
」とあるのは当院をさすか。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
京都市上京(かみぎょう)区一観音(いちかんおん)町にある真言宗智山(ちさん)派に属する寺。古くは勢賀院(せかいん)ともいい、感応(かんおう)寺と号した。本尊は延命地蔵(じぞう)。平安初期に文徳(もんとく)天皇が染殿后妃のために仏心(ぶっしん)院を建立したのに始まり、ついで清和(せいわ)天皇が照空(しょうくう)を召して開山とし、当寺で落飾して清和院と改称、当寺に多くの高僧を招いて大斎会(だいさいえ)を行い、『法華経(ほけきょう)』を講じさせた。のち皇子親王の住院となって発展したが、室町時代、応仁(おうにん)(1467~1469)・享禄(きょうろく)(1528~1532)の兵火のため焼失し、1661年(寛文1)現在地に復興された。
[勝又俊教]
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