篠原正瑛(読み)シノハラ セイエイ

20世紀日本人名事典 「篠原正瑛」の解説

篠原 正瑛
シノハラ セイエイ

昭和・平成期の哲学者,評論家



生年
明治45(1912)年3月29日

没年
平成13(2001)年11月15日

出生地
東京

学歴〔年〕
上智大学文学部哲学科〔昭和14年〕卒,ベルリン大学哲学科修了,イエナ大学哲学科修了

経歴
昭和14年フンボルト財団の奨学金によりドイツに留学。ドイツ国立ヨハヒムスタール・ギムナジウム教授を務めた。ドイツが降伏後、連合軍により抑留される。スイスでの病気療養を経て、24年帰国。その後は近代ドイツ思想史、特にナチ思想史を研究。森鷗外記念会評議員、原水爆禁止日本国民会議委員を歴任した。物理学者アインシュタインに彼の平和思想根幹を問う手紙を出したことでも知られた。著書に「敗戦彼岸にあるもの」「僕らはごめんだ」「現代ドイツ」「ドイツにヒトラーがいたとき」など多数。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む