米之井村(読み)こめのいむら

日本歴史地名大系 「米之井村」の解説

米之井村
こめのいむら

[現在地名]山田町米野井こめのい

小見おみ村の西に位置し、南は竹内たけのうち村。慶長一五年(一六一〇)長岡ながおか浅間せんげん大明神(現稲葉山神社)本社建立の棟札に寄進村の一として村名がみえる。同一八年旗本田付氏は当村の一三八石など合せて五〇〇石を与えられた(「寛政重修諸家譜」、寛永二年知行宛行状)。元和七年(一六二一)または寛永七年(一六三〇)に旗本堀氏も当村の内で知行地を与えられたとみられる(寛政重修諸家譜)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む