粟殿庄・粟殿東庄(読み)おうどののしよう・おうどのひがしのしよう

日本歴史地名大系 「粟殿庄・粟殿東庄」の解説

粟殿庄・粟殿東庄
おうどののしよう・おうどのひがしのしよう

応永六年(一三九九)の興福寺造営段米田数帳(春日神社文書)城上しきのかみ郡の大乗院方に「粟殿 十五町一段大三十歩」とみえ、寛正四年(一四六三)の諸庄段銭成足帳(お茶の水図書館蔵大乗院文書)にも同様の記述があり、粟殿(庄)は興福寺大乗院領荘園と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む