粟窪村(読み)あわくぼむら

日本歴史地名大系 「粟窪村」の解説

粟窪村
あわくぼむら

[現在地名]伊勢原市粟窪

中央を歌(うた)川が流れる台地上の村で、北は山、北・西は東富岡(ひがしとみおか)村、東は高森(たかもり)村に接する。矢倉沢(やぐらさわ)往還・大山道・八王子道が通る。小田原衆所領役帳には神保孫三郎「六拾弐貫三拾弐文 中郡秋山内粟窪分」とある。元禄七年(一六九四)旗本伊丹・三枝領の二給。宝暦一二年(一七六二)一月三枝領では、他の相模国内の同氏領北金目(きたかなめ)村(現平塚市)・長沼(ながぬま)村(現厚木市)・河原口(かわらぐち)村(現海老名市)とともに、地頭の勝手賄金上納不能のため、年貢で精算することを条件に金二〇両を江戸の商人若松屋権右衛門から借用した(「金子借用証文」県史八)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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