紫御坊跡(読み)ちくしごぼうあと

日本歴史地名大系 「紫御坊跡」の解説

紫御坊跡
ちくしごぼうあと

[現在地名]鳥栖市蔵上町

西法さいほう寺境内にあった本願寺別院を筑紫御坊という。文政九年(一八二六)の本如上人御消息(西法寺蔵)に「肥前国養父郡筑紫の別院」とみえる。筑紫御坊縁由略記(西法寺蔵)によれば、本願寺九世実如が建立したが天正年中(一五七三―九二)焼失、旧地は西法寺住職に預けられていた。元文四年(一七三九)本願寺の寝如は西法寺住職知法に再建を申し付けた(西法寺文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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