綴喜郷(読み)つづきごう

日本歴史地名大系 「綴喜郷」の解説

綴喜郷
つづきごう

「和名抄」刊本は「豆々木」と訓じる。「日本書紀」継体天皇五年一〇月条に「都を山背の筒城に遷す」とあり、同一二年まで筒城(つつき)に都を置いたという。またこれよりさかのぼる同書仁徳天皇三〇年の記事に、筒城宮を筒城岡の南に造ったという話がある。綴喜郷にかかわる所伝であろうか。

史料を欠き、所在も明確にしがたいが、嘉吉元年(一四四一)の「興福寺官務牒疏」は普賢(ふげん)寺(跡地は現田辺町大字普賢寺)の所在を「在同州綴喜郡筒城郷朱智長岡荘」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 ふげん 普賢 跡地

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む