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羅芳伯 らほうはくLuo Fang-bo; Lo Fang-po

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

羅芳伯
らほうはく
Luo Fang-bo; Lo Fang-po

[生]乾隆3(1738)
[没]乾隆60(1795).ボルネオ
18世紀,西部ボルネオにおける華僑の有力者。広東省嘉応州 (梅県) 石扇堡のハッカ (客家) の出身。乾隆 37 (1772) 年海を渡り,西部ボルネオのポンティアナックに上陸して内陸へ入った。当時この地方には広東出身の中国人が多く住んで金の採掘に従事していたが,羅芳伯は人望を得て頭角を現し,勢力を拡大してマンドール地区を中心に蘭芳公司を創立した。スルタンの勢力下より自立して,土地を開拓し,軍隊を有して自衛し,自治を行うなど,独立の国家を経営する観があった。

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世界大百科事典内の羅芳伯の言及

【華僑】より

…彼らは自衛のため秘密結社を組織することが多かったが,これを基盤として大勢力を築いたものもある。早く18世紀シャムでトンブリー王朝を立てた鄭昭(ピヤ・タークシン),ボルネオのポンティアナで蘭芳公司(ランファン・コンス)と称する一種の共和国を立てた羅芳伯,19世紀マラヤのクアラ・ルンプルで独立政権を起こした葉亜来のごときがそうである。 19世紀には東南アジアだけではなく,西インド,アメリカ,オーストラリア,カナダ等へも中国人労働者の進出が行われた。…

※「羅芳伯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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