自治には,個人の自治,集団の自治,地域社会の自治(地方自治)があり,それぞれ問題状況を異にするが,自治に共通するものは自律autonomyと自己統治self-governmentの結合である。個人が他者の統制にしばられずにみずからの規範,準則,目的といった規準を定立し,みずからの意見がみずからの行為を律する余地があるとき,そこに個人の自律ないし自治があるという。自治はついで,自己の意思が自己の行為を統制する能力,意思を行為に具現する能力を要件とする。意思と行為を含む行為システムが,全体として他人の介入なしに自給自足する自己制御能力をそなえていなければならない。個人の自律をこのように理解すれば,それはいわゆる〈権力からの自由〉とほぼ同義である。そして,集団および地域社会を個人と類似の主体とみる類推がおこなわれるなら,集団および地域社会についても個人の自律と同様の意味内容において,集団の自律,地域社会の自律を語ることができる。だが,集団および地域社会の自治は外界との関係における自律をもって完結しない。集団および地域社会はなにがしかの自律性をもった個人の集合である。そこで,個人の自律と集団ないし地域社会の自律とを調整する規準が定立されなければならないが,この規準は誰が定立するのか。この局面について,規準の定立が構成員の参加と同意のもとでおこなわれているとき,そこに集団ないし地域社会の自己統治ないし自治があるという。自己統治をこのように解すれば,それは民主主義とほぼ同義である。自律と自己統治がいわゆる〈権力への自由〉を媒介にして結合され,相乗的な効果を発揮するとき,そこに安定した自治が成立するのである。
ところで歴史的にみれば,近代的な自治の概念は,王権が貴族,教会,都市などの中世的諸勢力との抗争において彼らの特権を剝奪し,これらを新たな国民国家の集権的な支配に服する部分団体に再編成していった過程で,無謬,不可分にして絶対なる主権の概念との相対的な関係において構成されたものであった。国民国家のもとでも存続を許されたこれら中間団体の自治権に,主権の一方的な意思による授権ないし譲歩として理論化されたのである。自治のその後の歴史は,国民国家のもとに再編成された集団および地域社会がしだいに自己統治の側面を強めながら,自治権について客観的なルールの定立(法治行政)を求め,さらには憲法上の制度保障を求めていく過程であった。このように,近代的な自治の概念は主として集団および地域社会の自律と自己統治をめぐって形成されたものであり,権利性の乏しい概念であったといえる。これに対して,個人の自治は自然法にもとづく自然権(自由権)の問題として理論形成されることのほうが多かっただけに,主権を制約する原理として,より確かなものであった。しかし,個人の自治についても自律の概念が使われなかったわけではない。とくに,今日いうところの私法の領域における市民の権利,資本主義社会の経済活動を支える市民の自由については自律の概念を用いることが少なくなかった。ドイツ法学において今日でも,私人の意思による法的関係形成の自由を意味する語として〈私的自治Privatautonomie〉(私的自治の原則)の概念が用いられ,この〈私的自治〉の内容として契約の自由,所有権の自由,相続(遺言)の自由,あるいは団体設立の自由などがあげられるのは,そうした歴史の継承である。後進的で集権的なドイツ諸邦においてさえ,固有の私法ないし民事法は慣習法,判例法,法曹法に基礎づけられるべきものであり,立法権力の活動の範囲外におかれるべきもの,たとえ立法権力に服するにしても恣意的な立法は許されないものと考えられていた。ドイツ流の〈私的自治〉は住民Volkの自立と司法権の独立と結びついていたのである。これはアングロ・サクソン流のコモン・ローと〈法の支配〉に対応するものであって,等しく主権の抑制を意味する制度であった。主権概念を前提とするかぎり,自治権は,個人の自治についてであれ集団および地域社会の自治についてであれ,司法権の独立によって保障されなければならないのである。
執筆者:西尾 勝
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般に人や団体が自らのことを自らの手で処理することをいう。典型的には、地方自治があり、国の行政機関の関与を排除し、地方公共団体が地方的行政事務についてその住民の意思に基づき自主的に処理することをその内容とする。地方自治は、第二次世界大戦後、日本国憲法の下で制度的に保障されたものであり(憲法8章)、通例、住民自治と団体自治をその内容とし、民主政治の基礎として理解されている。住民自治の具体的制度としては、地方公共団体の長の住民による直接選挙制(首長制)、議会の議員の直接選挙制、および直接請求制度(地方自治法5章)、住民監査請求制度(同法242条以下)などがある。その反面、国との関係で、住民の人権保障のため、対等・独立を内容とする地方公共団体の団体自治は、かならずしも十分保障されていないのが現状である。
[福家俊朗]
字通「自」の項目を見る。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
「オートノミー」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… いうまでもなく中国は農民の国であり,このような国土の広さは大きな強みのように思われがちであるが,実際には耕地として利用されているのは全領土の10%程度にすぎないのである。その広い土地は,冬季-52℃を記録したこともあるほどの黒竜江省より純然たる熱帯の海南島――ただし,最も暑いのは海南島ではなく新疆ウイグル自治区のトゥルファン盆地で,日中の最高気温が47℃を記録したという――,さらに高地帯では標高4000m,年平均気温が-6℃,空気すら希薄なチベットを含む。山岳,砂漠,湖沼,単調な海岸,ありとあらゆる地形をそなえている。…
…むしろ政治は統治を含む広い意味で用いられることが多い。こうした用法では,統治に対比されるのはむしろ自治である。すなわち,統治の場合,少数者,極限的には単一者が多数者に対して秩序を強制するのに対して,自治の場合,社会の構成員全員による自発的選択によって秩序が形成される。…
※「自治」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新