美和山城跡(読み)みわやまじようあと

日本歴史地名大系 「美和山城跡」の解説

美和山城跡
みわやまじようあと

[現在地名]津山市二宮

標高一五四メートルの丘陵上に築かれた中世の城跡で、北は急峻な斜面、南は緩斜面をなして下り、その南端を吉井川が流れる。丘陵北辺には美作地方最大の前方後円墳(胴塚古墳)があり、城はこの古墳を利用したと考えられる。築城年代は不明であるが、立石中務丞漆高光が築いたと伝えられる。明応七年(一四九八)三星みつぼし(現英田郡美作町)の後藤勝国が立石景泰の守る美和山城を攻撃するが、城の東小田中おだなか村で反撃される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 三星 神職

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む