…しかしこの直後に,山背皇子一族の覆滅事件を知ったときは大いに怒り嘆いたという。またこの年4月には,百済の政変で亡命してきた翹岐(ぎようぎ)ら一行を迎えて厚遇した。このあと,反蘇我本宗家の動きが強まると,甘檮(あまかし)岡(甘樫丘)に建てた邸の守りを固めたが,入鹿が暗殺されたあと私兵が四散するのをみて邸に火を放ち自殺した。…
※「翹岐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...