肥子村(読み)ひこむら

日本歴史地名大系 「肥子村」の解説

肥子村
ひこむら

[現在地名]和泉市肥子町一―二丁目

府中ふちゆう村の北西槙尾まきお川の下流右岸にある。小字名に一の坪―九の坪、十二の坪―十八の坪があり(大阪府全志)、条里制地割の遺構と考えられる。天正一四年(一五八六)豊臣秀吉は泉郡内上条郷一千七〇石を片桐且元に与えているが(→池上村、このなかに当村の高が含まれていたと推定される。片桐氏の代官所は当地にあったという(和泉市史)。慶長一〇年(一六〇五)の和泉国絵図に村名がみえ、高七二石余。寛永末年頃の状況を記したと推定される和泉国郷村帳によると、高七二石余、このほか肥子村出作六八石余も記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む