胡麻生村(読み)ごもうむら

日本歴史地名大系 「胡麻生村」の解説

胡麻生村
ごもうむら

[現在地名]橋本市胡麻生・城山台しろやまだい

馬場ばば村の北、橋本川左岸の小高い丘陵地にある。相賀庄惣社大明神神事帳写(相賀大神社文書)所収の正平二一年(一三六六)頃の御供田作人之事に「胡麻生村松千代」とみえる。村内の相賀おうが八幡神社に楼門があったことから御門ごもんとよばれ、胡麻生になまったという(続風土記)。慶長検地高目録に「胡門村」とみえ、村高四三四石余、小物成一升二合。上組に属し、慶安四年(一六五一)の上組在々田畠小物成改帳控(土屋家文書)では家数四一(本役一六・庄屋七・肝煎三など)、人数一九一、牛一七、小物成は桑三束、紙木一一束、茶六一匁。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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