大師範または大導師の意。釈迦,あるいはその教えを尊んで大師と称するが,中国において学徳すぐれ帝王の師となるべき高僧の敬称として用いられ,やがてもっぱら死後に贈られる諡号(しごう)となった。天台大師(智顗(ちぎ)),弁覚大師(慧遠(えおん))などがその例である。日本でも866年(貞観8)最澄に伝教(でんぎよう)大師,円仁(えんにん)に慈覚大師の号が天皇から贈られて以来,空海の弘法(こうぼう)大師など各宗の宗祖に贈られた。とくに空海の弘法大師の名は人々に親しまれ,単に〈大師〉といえば弘法大師を指す。また法然(ほうねん)は円光大師をはじめ現在までに七つの大師号がある。なお,勅諡によらず,一宗内で大師を私称することもある。
執筆者:中井 真孝
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…1333年(元弘3)6月,贈太政大臣で,すでに出家していた藤原師賢は,文貞公という諡を賜ったが,これはまったく異例に属している。 僧侶の場合の諡には,法名風諡,大師号,国師号などがあった。法名風のものとしては,867年(貞観9)に壱演に慈済と謚したのに始まるが,その数は歴史を通じて数名に過ぎなかった。…
…ついで持統4年(690)7月条には,飛鳥浄御原令官制の実施にともない高市皇子が任ぜられているが,これは令制の太政大臣に近い形態であるらしい。奈良時代には藤原仲麻呂がこれを大師と改称し,みずから就任した例や,道鏡の太政大臣禅師就任などの例もあるが,その職掌が不分明であるためか,名誉職的な要素が強く,贈官が原則であった。857年(天安1)2月に藤原良房が人臣最初の太政大臣に任ぜられたのち,884年(元慶8)5月に光孝天皇はその職掌等について諸道博士等に諮問し,若干の意見の相違もあったが,基本点では格別に職掌とすべきもののない官という理解が多数をしめた。…
…後世では音楽の師匠や演奏家一般を指すこともある。《周礼》春官には大司楽の下で下大夫の位にいるが,広義には楽師以下の大師,小師,磬師(けいし),笙師(しようし)などの師と付く楽人も包括して楽師と総称していたようである。その起源は《呂氏春秋》古楽に,黄帝時代の伝説上の人物で音律を定めた伶倫(れいりん)以下,歴代皇帝の音楽責任者の名が連なり,《史記》殷本紀にも楽師が周に逃げたと述べ,《史記》楽書に殷(いん)の楽師師延の名が見えるから,周朝の成立(前11世紀)以後に判定された雅楽をまたずともよいかもしれない。…
※「大師」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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