能登野村(読み)のとのむら

日本歴史地名大系 「能登野村」の解説

能登野村
のとのむら

[現在地名]三方町能登野

成願寺じようがんじ村の北に位置し、丹後街道が通る。小名に東山ひがしやまがある。古代三方郡に能登郷があり(和名抄)、当地に比定される。「延喜式」神名帳に載せる能登神社が所在。

南北朝期、明通みようつう(現小浜市)寺僧は北朝方にくみした松永まつなが(現小浜市)地頭惟宗隆能に属して参陣しているが、建武三年(一三三六)九月六日付明通寺衆徒等軍忠状(明通寺文書)に「建武三年八月廿八日、相加地頭多伊良小太郎軍勢、於能登野先陣」とあって、このとき寺僧三人が当地で討死している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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