自明村(読み)じみようむら

日本歴史地名大系 「自明村」の解説

自明村
じみようむら

[現在地名]榛原町大字自明

下檜牧(しもひのまき)村東南、内牧(うちまき)川両岸に立地。古代肥伊(ひい)牧に属し、牧原(まきはら)とも称したと伝え、「日本霊異記」巻下第九に、藤原広足が神護景雲二年(七六八)二月一七日に「大和の国菟田の郡、真木原の山寺に至り住し」とある真木原山(まきはらやま)寺は当地にあったとする説もある。

近世初期には檜牧村の内で、のち檜牧上(ひのまきかみ)村(村高五九五・五石)と檜牧下村(下檜牧村)に分れ、檜牧上村はさらに村高を二分してそれぞれ二九七・七五石をもって高井(たかい)村・自明村が成立。初め松山藩(福島高晴)領、元禄八年(一六九五)幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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