日本歴史地名大系 「芋平村」の解説 芋平村いもだいらむら 長野県:飯田市芋平村[現在地名]飯田市芋平現飯田市の東部の山間に位置。古代は伴野(ともの)郷、後に伴野庄南山(みなみやま)郷に属し、知久氏の支配下にあった。近世は慶長六年(一六〇一)より幕府領であったが、元和五年(一六一九)旗本井上氏の所領となった。明暦三年(一六五七)再び幕府領となったが、天保一四年(一八四三)飯田藩領となり、弘化三年(一八四六)白河藩阿部氏領、慶応元年(一八六五)幕府領飯田藩預りとなった。村高は正保四年(一六四七)は六四石余(信濃国絵図高辻)であったが、元禄一五年(一七〇二)には一三九石余(信濃国郷帳)に急増した。当村の芋平山と野池(のいけ)村の野池山との境界がはっきり決ったのは寛文四年(一六六四)であった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by