芋茎村(読み)いもぐきむら

日本歴史地名大系 「芋茎村」の解説

芋茎村
いもぐきむら

[現在地名]騎西町芋茎

見沼代用水左岸の自然堤防上に立地する。北は広く鴻茎こうぐき村に接する。芋ヶ茎とも書いた。下総駒館合戦の戦功を賞し、暦応三年(一三四〇)八月二三日、鎌倉府執事高師冬は江戸近江権守に対し、崎西きさい郡芋茎郷の替えとして荏原えばら牛込うしごめ(現東京都新宿区)闕所分を預け置いている(「高師冬奉書」牛込文書)

田園簿によると田高二九五石余・畑高二八一石余、川越藩領。ほかに野銭として永一貫八〇文があった。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳では高八三五石余、反別は田方五二町七反余・畑方四三町二反余。元禄郷帳では一千五石余。元禄一五年(一七〇二)の河越御領分明細記では四一七石余とほかに一六七石余が川越藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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