若旅村(読み)わかたびむら

日本歴史地名大系 「若旅村」の解説

若旅村
わかたびむら

[現在地名]真岡市若旅

鬼怒川左岸の洪積平坦地とその東部に続く低台地とからなり、東は寺内てらうち村、北はなか村。口碑によれば、若倭部連が村内の中子なかごに拓殖し、その功田となり、村名を若倭部わかやまとべと号し、それがわかたびと変化し、延喜(九〇一―九二三)の頃若旅の文字を用いるようになったという(「中村郷土誌」中村八幡宮蔵)。慶長六年(一六〇一)幕府領、のち宇都宮藩領。慶安郷帳によると、田高五八三石余・畑高二六〇石余。承応二年(一六五三)検地で、高五六八石余・反別九八町三反余(中村郷土誌)。元禄二年(一六八九)幕府領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む