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荒井庄十郎 あらい しょうじゅうろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

荒井庄十郎 あらい-しょうじゅうろう

?-? 江戸時代中期の蘭学者。
吉雄耕牛(よしお-こうぎゅう)の甥(おい)。安永7年(1778)ごろ江戸にでて平賀源内のもとに寄食し,杉田玄白の塾でオランダ語をおしえた。のち陸奥(むつ)会津(あいづ)藩(福島県)につかえる。石井庄助ドドネウスの「草木譜」を訳出したとき,訳や校正をてつだった。肥前長崎出身。前名は西雅九郎。後名は森平右衛門

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

荒井庄十郎

生年:生没年不詳
江戸中期の阿蘭陀通詞,蘭学者。長崎の生まれ。通詞吉雄幸左衛門の姉の子。通詞西善三郎の養子となり西雅九郎と称し,明和8(1771)年ごろ稽古通詞。のち本姓の荒井に復し,安永7,8(1778,79)年ごろ江戸で平賀源内に学び,杉田玄白の塾でオランダ語を教授。源内没後は官医桂川家に移宅。福知山藩主朽木昌綱の世界地理研究を助けた。玄白ら江戸の蘭学社中が,彼により誘発された点は大きい。次いで会津藩に仕え,松平定信お抱えの石井庄助が『遠西独度涅烏斯草木譜』訳出の際,助訳・校正に当たった。さらに他家に入り森平右衛門と改名。<参考文献>片桐一男「阿蘭陀通詞西雅九郎と江戸の蘭学界」(『白山史学』15,16号)

(吉田厚子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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