石井庄助(読み)いしい しょうすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石井庄助」の解説

石井庄助 いしい-しょうすけ

1743-? 江戸時代中期の蘭学者
寛保(かんぽう)3年生まれ。オランダ通詞馬田家の養子となり,清吉(せいきち)と称し,明和8年小通詞末席に昇進。天明6年辞職して大槻玄沢(おおつき-げんたく)に同行して江戸にでる。石井恒右衛門,ついで庄助と改名し,松平定信につかえる。稲村三伯(さんぱく),宇田川玄随らにオランダ語をおしえた。肥前長崎出身。本姓は石津。名は当光(あつみつ)。訳書に「遠西軍器考」(1799)など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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