萱屋町(読み)かやまち

日本歴史地名大系 「萱屋町」の解説

萱屋町
かやまち

[現在地名]東区いずみ三丁目・代官だいかん

九十軒くじつけん町の東から南へ、御下屋敷木戸おしたやしききどまでの南北道路二丁。北は九十軒町に接する。南は下屋敷の堀で行止り。堀の向うは法華寺ほつけじ本立ほんりゆう(現昭和区)境内となる(尾張志、府城志)きよう町筋は萱屋町筋で切れる。清須きよす越しの町ではない。元和年中(一六一五―二四)町屋ができ、しん町の東に位置するところから東新ひがししん町三丁目ととなえた。貞享四年(一六八七)一一月以後広小路以北の地域で萱葺・藁葺を禁じている(武家命令究事)が、すでに寛永二〇年(一六四三)萱屋町になっており、町名も萱葺の家が多かったことによるという(尾張城南陌名由緒、府城志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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